2021.6.18
それはグロースハックではなく「迷惑行為」だ!ダークパターンの誘惑を断ち切ろう
みなさん、こんにちは。メンバーズキャリアカンパニー所属、ディレクターの高橋です。
日々トレンドが移り変わり、新たな発見があるWebの世界。そんなWebの世界に制作として関わる身としては、常に知識のアップデートが必要であると感じています。
今回、アップデートの必要性を感じたのは「ダークパターン」についてです。世界的に規制が強化されている「ダークパターン」のことを、少しお話しさせていただきます。
ダークパターンとは
そもそも「ダークパターン(DARK PATTERNS)」とは、Harry Brignull氏が生み出した造語です。簡単に解説するなら、Webサイトやアプリにおいて、購入やログインなどを行う際、ユーザーが意図しないことを実行させる各種の手法のことです。
- サービスに登録したら、デフォルト設定が「メールマガジンを受け取る」になっていた。
- 「有料会員になるボタン」は分かりやすいのに、「退会ボタン」が分かりにくい場所にある。
- ECサイトで通販した時、最後の確認画面で初めて送料がかかることが示された。
上記のような経験がある方もいるのではないでしょうか。これら、ユーザーにとって不利益になるような構造、手法、手口がダークパターンです。
どのような手法がダークパターンにあたるのか、同氏のサイトである、その名も「DARK PATTERNS」のTYPES OF DARK PATTERN(リンク先は英語)で詳しく解説されているので一度確認してみてください。
ダークパターンの何が問題なのか
ダークパターンを利用することは、3つの意味で問題があると感じています。それについて解説していきます。
規制が広がっている=忌避感があるということ
一つは、世界的に規制が広がっていることに起因します。規制が広がるということは、すでにダークパターンに関する忌避感が認識されており、その忌避感は規制とともに世界的に浸透していくことを意味します。
まず前提として、メールマガジンやECサイトをはじめとしたWeb上の取引における規制に関する議論は、日本よりも欧米のほうが活発です。近年ではプライバシーに関する規制が多く導入されています。そして、遅れて数年後に日本にも入ってくる、という傾向があります。
前述の欧米でのプライバシーに関する考え方のなかで、「個人情報は、当人のものである」ということが明示されています。ユーザーがサービスを利用する際、個人情報を許可なく収集したり、それを利用したりすることを禁じているのです。
これは「個人の情報が、当人の意図に反して、あるいは知られないうちに、見えないところで扱われること」を嫌っているとも言い換えることができます。
その流れのなかで、当人の意図とは異なるメールマガジン設定やサブスクリプション設定によって、当人が不利益を被るようなダークパターンがやり玉に上げられるようになった、という経緯があります。
ダークパターンを多用するサービスは、遅れている不誠実なサービス、という認識が広がっていくでしょう。
リテラシー弱者が大きな被害を受けてしまう
もう一つは、ダークパターンの手法は不誠実だと感じるためです。
個人的に、私がこの問題を深刻に考える理由は、リテラシー弱者の被害が大きいことにあります。初めてスマホに触れた子供や、なんとかITについてきている高齢者が、わけもわからずに不利益を被っているのです。
ダークパターンは、いわばそのような弱者をターゲットにしている、すなわち「食い物にしている」と言っても過言ではないでしょう。確かにインターネットはすべてが安全なわけではありません。ですが、あえて危険で不誠実な場所を作る必然性もないはずです。
せめて私たちのような企業が提供する場は、安全で誠実な場所であってほしい、と考えています。
サービスとして良い体験ではない
最後に挙げるのが、体験として良くないという点です。自分の身に起こった場合を思い返してみてください。
- 無料期間が終わったら自動で有料プランに切り替えられる。
- メールマガジンや宣伝メールが山ほど送られてくる。
- 退会がどこからできるか分からない。
- 退会しようとすると引き留めるポップアップがこれでもかと出てくる。
ユーザー体験を大きく損なってしまうのは間違いないでしょう。
少しだけなら、ユーザーも気づかないかもしれません。ですがこのような手法がいくつも導入されると、個々の手法には気づかなくとも、「よく分からないけど、このサービスはもう二度と使いたくない」という印象を与えてしまいます。
ダークパターンの手法を使うことは、サービスのイメージを損ない、寿命を早めることにもつながっているのです。
グロースハックの手法として取り入れられることも
ダークパターンがもつ大きな問題点には、「簡単に取り入れられること」そして「一見すると、成果が出ているように見えること」が上げられます。
日本経済新聞が行った調査によると、国内の主要サイトにおいて、なんと6割でダークパターンが確認できたとのことです。
参考:日本経済新聞 2021年3月27日 2:00 ダークパターン、世界で規制強化
これはダークパターンを取り入れることが容易であること、そして取り入れることがある意味では常識になってしまっていることを示しています。
グロースハック手法のなかに紛れて拡散されている
6割ものサイトがダークパターンを取り入れた要因として挙げられるのが、グロースハック手法の開発と浸透です。近年、行動経済学を取り入れるなどして、ユーザーの心理をリアルに分析し、行動を喚起する手法が一般化してきました。その結果、さまざまな手法がグロースハック手法として開発され、浸透しています。
行動経済学のナッジ理論を示して賞を受賞した研究者は、「悪用せず適切に運用すべし」と伝えています。これはすなわち、「悪用することもできる」ことを意味します。
それを、少し酷な呼び方かもしれませんが、「悪用」している事例がダークパターンなのです。
例えば、ノウハウ系のコラム記事と同じような見え方・構造でページ上に広告を掲載する「ネイティブ広告」という手法。これもダークパターンの一つとして数えられています。
また、入会導線を分かりやすくし、退会導線には必ず「入会していればメリットがあることを訴求する」という、退会にワンクッションを置くこともよしとされてきました。ですがこれもダークパターンとみなされます。
簡単に実践でき、成果が出るため広がっている
前述した「ネイティブ広告」と「退会前のワンクッション」は、簡単に実践でき、そして一定の成果も上げるでしょう。
行動経済学は、学問であるため再現性があります。再現性があるということは、ジャンルや領域を超えて、幅広く利用される可能性があるということです。
そして各種のグロースハック手法も横展開しやすいため、手法として好まれています。
さまざまな手法が開発され、すさまじいスピードで効果検証され、淘汰されてきました。その結果、現在知られているグロースハック手法は、実践が容易かつ効果的なものが多く生き残っています。そのなかに、ダークパターンがいくつも紛れているのです。
もちろん、すべてがNGというわけではありません。ですが一度、自社が取り入れている手法全体を見直してみる必要があるのではないでしょうか。
ダークパターンの誘惑を断ち切るべき3つの理由
導入が容易で一定の効果があるとなれば、ついダークパターンの導入を検討してしまうかもしれません。あるいは、自社が導入している手法がダークパターンである、と気づいたかもしれません。
ですが、その誘惑を断ち切ってほしく思います。それには以下の3つの理由があります。
1.いずれ対応せねばならなくなるから
かつて、ブラックハットSEOがよしとされた時代もありました。ですが今や、SEOは「検索体験」も含めて設計しなければならなくなっています。ブラックハットSEOを提供していた企業は、そのほとんどが消えたか、別の手法に切り替えしなければならなかったでしょう。それと同じことが起きようとしています。
欧米でも、まだダークパターンの議論は完全に済んだわけではありません。ですが、規制が進んできています。それから数年遅れて、日本にもさまざまな規制が入ってくるはずです。
「数年の猶予があるなら、今は大丈夫かな」と安心した方は、ここで一度iOS14.5のアップデートの例を見てみましょう。このアップデートでは、アプリトラッキングに関する制限が設けられました。これも前述の「欧米ではプライバシーに関する議論が進んでいる」という話と無関係ではないでしょう。アメリカでは、アップデートしたユーザーのうち実に8割~9割強が、トラッキングを「許可しない」と設定したそうです。これにより、追跡型の広告は大きなダメージを受けたといわれています。
最新のソフトウェアやストアの規制は、「数年も待ってくれない」のです。
いずれ日本にも規制の波が入ってくるはずで、それは突然、大きな波としてやってくるかもしれません。早めに対応しておくのが無難でしょう。
2.長期的なブランディングを維持したいから
ダークパターンは、意図せずユーザー体験(UX)を悪いものにしてしまいます。たびたび話に登場している、「退会できないサイト」などをイメージしてください。
私は、あるサービスを利用した時のことを、今でも覚えています。悪い意味で、です。そのサービスは、入会はサイト上のクリック一つだったにも関わらず、退会するには電話連絡が必要だったのです。平日のお昼休み中はつながりにくく、会社の定時が過ぎてからだと電話受付は終了していました。もちろん休日はまったくつながりません。
退会しようという意思をもったユーザーは、なんにせよ退会します。すでにサービスへの関心がなくなっているためです。それを無理やりつなぎ止めようとするなら、サービスへの感情を「無関心」から「嫌い」に変えてしまうでしょう。このような施策は、ブランドイメージの毀損以外の何ものでもありません。
例えば、欧米のメールマガジンに関する規制では、「入会と退会は同じ労力でできなければならない」としています。
私が、前述のサービスを使うことは二度とないでしょう。友人が利用を検討していたら、強く引き止めます。
ユーザー体験を良くしたほうが、最終的にブランドイメージを良好に保ち、長期的な収益にもつながるのではないでしょうか。
3.制作の矜持と誇りをもちたいから
そもそも、ユーザーフレンドリーでユーザーに対して誠実なページを作りたいと考えています。
せっかく使ってくれたユーザーが、ガッカリするような、怒ってしまうような、何よりも不利益を被るような、そんなサービスはいかがなものかと思います。
最後は、極めて観念的かつ個人的な意識の話になってしまい申し訳ありません。ですが私は、制作としての矜持を掲げ、自分が関わった制作物には誇りをもちたいと考えているのです。
前述の「私が二度と使わないと誓ったサービス」も、大勢の関係者がおり、誰かが苦しんで産み出されたものであったはずです。その終着点が「こんなサービス、二度と使わない、とユーザーに思われること」だとしたら、悲しすぎるのではないでしょうか。
産みの苦しみの先には、ユーザーが喜んでくれる顔があると考えるほうが、張り合いがあると思っています。
最後に
日本でダークパターンの議論が本格的になされるようになったのは、2020年の後半から2021年に入ってからだと記憶しています。
ですが、多くの制作関係者は、欧米の規制などの動きからなんとなく流れを感じていたのではないでしょうか。
今回の調査をきっかけに、私も少し知識をアップデートしてみました。この記事が、少しでもみなさまのクリエイターライフの助けになれば幸いです。
この記事を書いた人
高橋 宏明
新潟生まれ、メンバーズキャリアカンパニー所属のディレクター。編集/ライター出身で、プライベートでも10年以上ライターを続けている。ボードゲーム/音楽/生物が好き。やたら趣味が多い。